漬物、食事とお茶
~日本の食生活に染み込んだ取り合わせ~
●生活に密着したお茶と漬物の組み合わせ
東北地方や中部地方には、「お茶っこ」「お茶っこ飲み」と呼ばれる風習があります。ご近所や知り合いがお茶請けを持ち寄り、お茶を飲みながらおしゃべりを楽しむ、普段着のサロンのようなものです。
伝統的なお茶っこのテーブルでよく見かけるのは、自家製の漬け物や常備菜、季節の果物、おせんべいなど。旬のおいしさを閉じ込めた漬物は、塩漬け、たまり漬け、糠漬け、辛子漬けなど、味わいや食感も多彩です。こっちの漬物をいただいてはお茶を飲み、あちらの常備菜をいただいてはお茶を飲み。「これおいしい!どうやって漬けたの?」とお料理の話にも花が咲く、和やかな時間です。
こうした食卓では、お茶がたっぷり飲まれます。湯のみのお茶が減るや否や、まるでわんこそばのように次のお茶が注がれるので、湯のみの底を見る間がないなんてこともあります。たっぷりのお茶をいただくお茶っこには、濃厚なしずくを少量いただく上級茶より、煎茶、番茶やほうじ茶などがぴったりです。
たっぷりのお茶と季節の味覚を囲み、四方山話に笑顔がこぼれるお茶っこ。人々の楽しみであり、文化の伝承の場にもなるお茶の間は、これからも伝えていきたいですね。
お茶っこが楽しみというおばあちゃんも多いのよ。
元気で長寿の秘訣かもね!
●食事に合わせるお茶の組み合わせ
日本の飲食店ではたいてい、席に着くとお水やお茶がサービスで出されます。何気ないことですが、もてなしを大切にするお店では、このお茶にも心を込めて提供しています。
○寿司屋のあがり
お寿司屋さんには、厚手の大きな湯のみと、そこに注がれた熱いお茶がつきものです。
熱いお茶を手早く淹れるために、お寿司屋さんでは粉茶がよく使われます。粉茶は、茶葉を玉露や煎茶などに加工する途中で、細かく切れた葉などを集めたものです。葉っぱの形はしていませんが、おいしい煎茶からよけられた粉茶は、やはり美味しいのです。粉茶は、急須では葉が湯のみに流れ出たり、急須の網目に詰まったりしやすいので、竹かごのような茶漉しがよく使われます。
お寿司屋さんで熱いお茶を飲むのには、いくつかのメリットがあります。一つは、ネタが変わるときに口の中をリセットする口直しとして役立つこと。また、食後、口の中の生臭さを消し、すっきりとさせてくれます。
しかしもっと重要なのは、生魚やそこに付着した細菌などでおなかをこわすことのないよう、お茶が食中毒予防に役立つことです。
茶葉に含まれているカテキンは、お湯の温度が高いと抽出されやすい性質があります。そして、非常に強い抗菌作用があり、殺菌、菌の増殖の抑制、細菌が出す毒素を解毒する働きがあります。食中毒を引き起こす黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ菌、ボツリヌス菌、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌O-157、経口伝染病を引きこすコレラ菌、赤痢菌、腸チフス菌、パラチフス菌など、さまざまな細菌に対し、カテキンが有効だとされています。それも、普段飲むお茶よりもずっと薄い濃度で殺菌作用があるとのこと。
ワサビ、ガリ、酢にも殺菌作用があるので、寿司ネタとともにおいしく味わいましょう。
○食前の煎茶、食後のほうじ茶
料理店や旅館では、当たり前のように出てくるお茶。それを、食事のタイミングや時間帯に合わせて、お茶の種類を変えて淹れるという、細やかな心配りをするお店があります。
例えば料理店では、食事の前や食事中には煎茶が用意されます。食事が終わる頃には、急須や湯飲みが別のものに替わり、ほうじ茶が出されます。
旅館では、到着時や朝には煎茶を、夜お布団を敷くタイミングではほうじ茶を部屋に用意するといったことがあります。これらは、お茶の特性を生かした心憎いサービスなのです。
食事の前のお茶は、のどを湿らせ、おなかを温め、程よく胃を刺激します。アペリティフのように、「これから食事が始まるよ」と体に準備を促してくれます。朝のお茶は、体の目覚めを促す働きがあります。カフェインが頭や筋肉に刺激を与えるのを期待するなら、カフェインを多く含む上級煎茶がおすすめです。ただし、空腹の状態で濃厚なお茶を飲むと、胃を刺激し過ぎてしまうことがありますので、程ほどにしましょう。
食後に熱いほうじ茶を出すのは、香ばしい風味で口の中をすっきりさせるのを期待してのことです。火香の強いタイプの煎茶や後発酵茶も同様の感覚を得られます。油分の多い食事の後には特におすすめです。ほうじ茶はまた、煎茶などに比べてカフェインが少ないので、寝る前に飲んでも「目が覚めて眠れない」という心配がほとんどありません。
器や盛り付けで料理が映えるように、食事やもてなしの脇役であるお茶への心配りで、そのひとときをより価値の高いものにしてみてはいかがでしょうか。
もてなす側の心遣いで、お茶を食事やシーンに合わせていろいろに活用できるのね!
●シンプルだけど奥深いお茶漬け、茶粥
ご飯とお茶を一緒に頂けるのがお茶漬けや茶粥。日本の主食・米を使ったシンプルな料理ですが、お茶と相性が良く、体にやさしいのが特徴です。
「忙しいからお茶漬けで済まそう」、「病気でご飯が食べられないからお粥でも」など、スピード料理や病人食のイメージを持つ方もおられるかもしれませんね。でも、地域の食材と組み合わせた独自の食べ方もあり、農林水産省が募集した「郷土料理百選」の候補にも、各地のお茶漬けや茶粥がいくつも寄せられました。
日本各地の食文化を参考に、あなたのおなかをやさしく満たしてはいかがでしょう。
○お茶漬けは深いグルメ
ご飯にお茶をかけていただくお茶漬は庶民の味。忙しい時の食事、受験生の夜食、酒席の締めなどの定番として親しまれてきました。最近は、お茶漬け専門店が賑わったり、高級食材を乗せた茶漬けが話題になったり、バリエーション豊富に楽しまれています。また、各地のご当地グルメとして、地域性あふれるお茶漬けが紹介されるようになりました。「ぶぶ漬け」は京漬物といただく普段着の京料理。静岡の「まご茶づけ」、三重の「カツオ茶漬け」、宮崎の「かつおめし」は漁師料理がルーツ。しょうが醤油やごま醤油に浸けたカツオやマグロの切身、ワサビ、ネギなどをご飯に乗せ、熱いお茶をかけていただくものです。このほか、鯛、鰻、イクラや鮭を乗せたお茶漬けも、観光客がわざわざ食べに訪れるほどの人気です。
お茶漬けは、煎茶が普及し始めた江戸時代中期以降に誕生したと考えられています。それ以前にも、ご飯に湯をかけていただく「湯漬け」(ゆづけ)、水をかける「水飯」(すいはん)、出汁をかける「芳飯」(ほうはん)という料理がありました。湯漬けや水飯は平安時代には食べられており、公式行事のメニューでもあったそうです。漬物や薬味を添える点も、お茶漬けと似ています。
江戸時代にお茶漬けは、多忙な奉公人が短時間で食べることのできる食事として重宝されました。また、保温ジャーや電子レンジのない時代に、炊いて時間が経ち、冷めたり硬くなったりしたご飯をおいしく食べるための知恵でもありました。
かつて京都では、お昼にご飯を炊く習慣があり、朝食と夕食にお茶漬けがよく登場しました。お茶を「ぶぶ」と呼ぶ京都では、お茶漬けを「ぶぶ漬け」と呼び、今でもよく食べられています。良質な京野菜を使った京漬物となら、お茶漬けも品の良いお食事ですね。
ちなみに、ぶぶ漬けにちなんだ都市伝説があります。京都のお宅を訪問し「ぶぶ漬け、どうどす?」と言われたら、「たいしたもてなしもできないですし、そろそろお帰りください」と婉曲に諭されているのだそうです。上方落語の「京の茶漬け」という演目でも語られる京都人気質、はたして、実際はどうでしょうか。
○見直される茶粥の魅力
中華粥やホテル・旅館の朝粥は、一時期のブームを経て、その人気は定着した感があります。こうした白粥の艶やかな美しさに比べると、ほうじ茶や番茶に染まった茶粥はとても素朴に見えます。でも、消化が良くておなかにやさしいお粥と、お茶の風味や栄養を一体にいただける、賢い料理という一面も持っています。
茶粥を郷土料理に挙げる地域は、古くからのお茶の産地とも重なり、西日本各地に見ることができます。各地の茶粥の由来をたどると、その多くは、貧しい生活の中、少ないお米でおなかを膨らませるための知恵として生まれたそうです。
山口の岩国茶がゆ
400年の歴史があるという岩国茶がゆは今も生活に根付き、イベントでの炊き出しサービスも行われる郷土食です。使うお茶は番茶やほうじ茶、中身はお米だけ、あるいはサツマイモや豆を入れたお粥など、家ごとの秘伝のレシピが受け継がれています。
戦国時代の武将・吉川広家(きっかわひろいえ)は、関ヶ原の戦いの後、出雲14万石から周防岩国3万石へ所領替えとなりました。窮乏する藩の財政でも家臣団を養うため、米を節約できる茶粥を始めたと伝えられています。
佐賀の「おちゃがい」(茶粥)
佐賀のおちゃがいは、江戸末期、質素倹約令を出した佐賀藩藩主の奨励により広まったと言われます。白いお粥と違い、お茶で煮た粥は冷めても粘らない、腹もちがよく体が温まるなど、領民にも親しまれ、有明海沿岸地域で戦後まで親しまれていました。
いったん消えかけたおちゃがいですが、近年、郷土料理として再発掘され、観光事業者らによって普及がすすめられています。
大分県の「お茶まま」
大分県国東半島の「お茶まま」も、江戸時代から伝わる料理。水に苦労し、稲がよく育たなかったので、貴重な米をたっぷりのお茶で炊き、ふやかして食べていたものと言われます。
香川県の茶粥
香川県西部、瀬戸内海の塩飽諸島に伝わる茶粥は、後発酵茶の碁石茶を使って作られます。漁業が盛んな島ですが、稲作には厳しい土地柄で、米に苦労する時代が続きました。そこで、サツマイモも入れ、碁石茶で米を煮ました。
和歌山の茶粥、「うけ茶」
和歌山には、奈良の茶粥に似た、顔が映るほどサラサラの茶粥があります。また、色がつくほど炒った米、サツマイモを番茶で炊いた「うけ茶」と呼ばれる茶粥もあります。うけ茶は、熊野灘沿岸など、平地が少なく米があまり作れなかった地域で工夫され、食べられてきた茶粥です。
これらの茶粥と、やや異なる趣を感じさせるのが、奈良を中心に伝わる茶粥です。
奈良の郷土料理に、大和の茶粥、奈良の茶飯が挙げられます。どちらも、仏僧の食事から庶民に広まったり、寺領で生産されたお茶を上納して残った分で炊いたりしていたと伝えられます。東大寺の記録には、2011年で1260回を迎えた東大寺二月堂の修二会(しゅにえ、お水取り)において、古くから練行衆の食事として供されていたとあります。
大和の茶粥
地元で「おかいさん」と呼ばれる大和の茶粥は、水分が多めでさらっとしています。ティーバッグに入れたほうじ茶を鍋で煮たて、色や味の頃合いを見てバッグを取り出し、研いだお米を炊きます。奈良の茶粥は熱々のイメージがありますが、夏に冷やしていただくのも好まれています。
誰が言い始めたか「奈良の朝は茶粥で明ける」との言葉通り、お寺でも、一般のお宅でも、朝食の定番となっています。茶粥は観光客にも人気で、朝食に茶粥を出す宿泊施設や、茶粥のランチを提供するお店もあります。
奈良茶飯
奈良には、米と炒った大豆や栗をお茶で炊いた「奈良茶飯」もあります。こちらは炊き込みご飯に近い状態の茶飯に、食べる時に改めてお茶をかけていただきます。江戸時代には街角に「茶飯屋」ができ、庶民に人気だったそうです。
俳人・松尾芭蕉もこれを食し、「奈良茶三石喰ふて後、はじめて俳諧の意味を知るべし」と弟子に語りました。そして、
「月を侘び、身を侘び、つたなきを侘びて、侘ぶと答へむとすれど、問ふ人もなし。
なほ侘び侘びて
侘びてすめ(わびてすめ)月侘斎が(つきわびさいが)奈良茶歌(ならちゃうた)
芭蕉」
と詠みました。素朴で飾り気のない奈良茶飯に侘びを感じ、自らの生きざまに重ねたのでしょうか。奈良茶飯は、高浜虚子や山口誓子、現代の句にもよく取り上げられ、文学ともつながりの深い料理です。
お茶漬けや茶粥にも歴史や郷土色があって興味深いわね。お茶や具材を変えて、いろいろ試してみたいわ!